解説 · 2026年8月時点
電力網アルメニア(ENA)は、アルメニア全土の配電と電力小売を単独で担う会社である。約100万件の契約者を抱え、家庭と企業に電気を届ける最後の一区間を独占する。ロシアを拠点とするアルメニア系実業家サムベル・カラペチャンのタシール・グループが所有してきたが、2025年以降、政府による国有化の手続きが進み、国際仲裁を含む争いが続いている。同国で近年最も注目を集めた企業をめぐる紛争である。
| 正式名 | Electric Networks of Armenia CJSC(ENA) |
|---|---|
| 設立 | 2002年5月(4つの国営地域配電会社の統合) |
| 事業 | アルメニア全土の中圧・低圧配電と電力小売。規制事業 |
| 契約者 | 約100万件 |
| 従来の所有者 | タシール・グループ(サムベル・カラペチャン)。2016年以降に約6億8,000万ドルを近代化に投じたとされる |
| 現状 | 国有化の手続き中。2025年11月に配電免許を取り消され、暫定管理下に置かれている |
| 資本市場 | AMXの債券発行体(銘柄コードHELCB1〜B5) |
沿革と事業
2002年5月、電力の配電と販売を担っていた4つの国営地域会社(エレバン電力網、北部電力網、南部電力網、中央電力網)を統合して設立された。送電や発電と切り離された配電・小売の専業会社であり、料金は公共サービス規制委員会(PSRC)の認可を受ける規制事業である。
アルメニア証券取引所には社債を上場しており、規制対象の独占企業でありながら、資本市場を通じた資金調達も行っている。
国有化をめぐる経緯
2025年6月18日、所有者のサムベル・カラペチャンが政権批判をめぐって逮捕され、その数時間後にパシニャン首相がENAの国有化方針を表明した。7月3日、議会は国有化を可能にする「エネルギーについて」および「公共サービス規制委員会について」の両法の改正を可決した。7月18日からは規制委員会が任命した暫定管理者が経営にあたっている。
同年11月17日、公共サービス規制委員会は4か月の調査で判明した違反を理由に、ENAの配電免許の取り消しを決定した。委員会が挙げた理由には、電力量計の検針データの改ざんや不備、投資計画の履行違反、新規契約者の接続の遅延と手続き違反、施設の建設・改修における建築および消防安全規則の違反、関連会社を通じた与信保証、資産と現金の非効率な管理が含まれる。ENA側はサンプルの妥当性や監査の質を疑問視して反論し、所有者のタシール・キャピタルは決定の取り消しを求めて提訴したが、請求は退けられた。
2026年に入ると政府は最終段階に進み、3月に同社を公共の利益に関わる資産と認定して補償を伴う完全国有化の手続きを開始した。2月21日を期限とした株式譲渡の交渉は合意に至らなかった。4月9日、パシニャン首相は「ENAは事実上国有化された」と述べ、法的な確定を進めたうえで国際入札で専門的な運営者を選ぶ方針を示した。
国際仲裁
カラペチャン一族は、1995年1月18日のアルメニア・キプロス投資保護協定に基づき、ストックホルム商業会議所仲裁協会(SCC)に仲裁を申し立てた。2025年7月22日、緊急仲裁廷はアルメニア政府に対し、改正された両法をENAに適用しないこと、および収用に向けたそれ以上の措置をとらないことを命じた。仲裁廷は、政府の行為が投資保護協定への適合性に重大な疑義を生じさせており、暫定措置がなければ申立人が完全な賠償を得ることが困難になると判断した。この決定はアルメニア政府を拘束する。
政府が国有化を進める一方で緊急仲裁の判断が出ているため、法的な決着は国際仲裁の本案に持ち越されている。規制された独占インフラの所有権をめぐる争いとして、アルメニアへの投資環境を測る事例として国外からも注視されている。
参考資料
- Electric Networks of Armenia (ENA) de facto nationalized; legal registration is being prepared, says Pashinyan — ARKA(2026年4月9日) ↗
- Samvel Karapetyan wins ENA nationalization case against Armenian government in international court — ARKA(2025年7月23日) ↗
- ELECTRIC NETWORKS OF ARMENIA CJSC — 発行体情報(アルメニア証券取引所) ↗
この解説は編集部がまとめたもので、2026年8月時点の情報に基づく。記事とは異なり、新しい事実が 確認できしだい随時更新する。誤りに気づいた方はお問い合わせください。