ログン水力発電所は、タジキスタンがヴァフシュ川に建設している水力発電所である。計画どおり高さ335メートルで完成すれば世界一高いダムとなり、出力は378万キロワット、年間発電量は約144億キロワット時になる。世界銀行はこの発電量を、現在のタジキスタンの発電量の約6割、中央アジア全体の約7%に相当すると説明している。
技術設計はソ連期の1978年に仕上がり、着工は1982年である。連邦の解体、水配分をめぐる対立、1993年の洪水、そして1993年から1997年まで続いた内戦によって中断を繰り返し、2008年に政府が事業を再開した。2016年から2017年にかけて国家予算による工事が加速し、2018年に部分運転と最初の発電が始まっている。ただしいま動いている第5号機と第6号機は、本来の水位に達していない状態での暫定的な運転で、正規のランナー(水車の羽根)への交換がこれから行われる。
事業の性格は、途中から大きく変わった。2024年12月に世界銀行が第1期の融資を承認して以降、12の開発機関が一つの資金計画のもとに並ぶ枠組みができ、工程・安全・環境社会配慮の外部監視が入るようになった。同時に、下流のウズベキスタンとトルクメニスタンの住民が世界銀行の査察パネルへ異議を申し立て、2025年6月にパネルが調査の実施を勧告している。国内の電力不足を解く事業であると同時に、中央アジアの水の配分をめぐる係争の焦点でもある。
| 所在 | タジキスタン中部、ヴァフシュ川(アムダリヤ水系)。下流70キロに1972年完成のヌレク水力発電所があり、さらに6つのダムが続いた後、パンジ川と合流してアムダリヤになる |
|---|---|
| 計画高さ | 335メートルのロックフィルダム。完成すれば世界一高いダムになる |
| 出力 | 378万キロワット(3,780メガワット)。63万キロワットの発電機6基 |
| 年間発電量(計画) | 約144億キロワット時。世界銀行は「現在のタジキスタンの発電量の約6割、中央アジア全体の約7%」に相当すると記す |
| 貯水池 | 容量13.3立方キロメートル |
| 設計と着工 | 技術設計は1978年に完成、着工は1982年。ソ連の解体、水配分をめぐる対立、1993年の洪水、内戦(1993〜1997年)で中断を繰り返した |
| 再開と初発電 | 2008年に政府が再開。2016〜2017年に国家予算で加速し、2018年に部分運転と最初の発電が始まった |
| 稼働中の発電機 | 第5号機と第6号機。第6号機は2026年3月からランナー交換のため停止中 |
| 新設機の納入 | 最初の1基は2027年下半期の予定。2基の完成目標は2028年11月 |
| ダム本体の到達高 | 海抜1,117メートル(2026年6月時点)。第1期で1,185メートル、第2期で1,300メートルまで積み上げる |
| 貯水の段階 | 2025年9月に海抜1,100メートルへ到達。1,140メートルへの湛水は2026年の予定 |
| 残工事費(第1期承認時点) | 62億9,000万ドル。当時のGDPの44%に相当 |
| 世界銀行の供与 | 第1期3億5,000万ドル(2024年12月17日承認、2025年12月発効)、第2期3億ドル(2026年6月30日承認)。合計6億5,000万ドルの無償資金 |
| 協調する開発機関 | 12機関。世界銀行、AIIB、ADB、EIB、欧州委員会、IsDB、OPEC基金、アブダビ開発基金、クウェート基金、サウジ開発基金、カタール開発基金、イタリアのCDP。無償・譲許的資金の合計は29億ドルが見込まれる |
| 第2期の完了予定 | 2035年12月 |
| 輸出の計画 | 発電量の約50%をカザフスタンとウズベキスタンへ。両国との売電契約は署名済み。輸出量の成果目標は年50億キロワット時 |
| 移転 | 第1期の対象は約885世帯。第2期(2026〜2032年)は最大45集落・推定3万〜4万人が対象 |
| 環境・社会リスク区分 | 「高」。第1期の労働安全衛生の実績は「やや不十分」と評価された |
なぜ国家事業なのか
タジキスタンは冬季に深刻な電力不足に陥る。国土の大半が山地で化石燃料に乏しく、電力の大半を水力に頼るが、渇水期の冬に発電量が落ちるためである。ログンが完成すれば年間144億キロワット時が上乗せされ、季節を通じた供給が可能になる。世界銀行は事業目標を「タジキスタンと中央アジアの需要家に、清浄で手頃な、気候に強い水力電力を年12テラワット時分だけ追加して供給すること」と定めている。
この規模は同国の経済に対して極端に大きい。第1期の承認時点で見積もられた残工事費は62億9,000万ドルで、当時のGDPの44%に相当した。政府はダム建設のために国民に株式購入を求め、2017年には5億ドルのユーロ債を発行するなど資金調達に総力を挙げてきた。事業費の膨張が財政リスクとして繰り返し指摘されてきたのはこのためである。
完成後の便益の分配も制度に組み込まれている。政府は建設期間中は電力販売額の3%、建設終了後は5%を「便益分配プログラム」に充てることを約束しており、社会保障の補完に使われる。
中断と再開の40年
世界銀行の査察パネルの報告書は、この事業の経緯を次のように整理している。技術設計は1978年に完成し、着工は1982年だった。その後、1991年のソ連の解体、水配分をめぐる合意の不調、1993年に主要な施設を壊した大洪水、1993年から1997年まで続いた内戦によって、中断と再開を繰り返した。タジキスタン政府が事業を立て直したのは2008年で、2011年までは限定的な工事が続いた。
世界銀行がこの事業に関わり始めたのは2010年から2011年である。当時は建設への融資ではなく、技術経済評価(TEAS)と環境社会影響評価の作成、ダム安全と環境社会の二つの独立専門家パネルの設置といった調査の資金を出す立場だった。2010年10月には、ウズベキスタンの2名がこの調査事業について査察パネルに検査を要請している。このときパネルは調査の実施を勧告しなかったが、将来世界銀行がログンの建設そのものへ資金を出す場合には、あらためて申立てがありうると述べていた。
工事が本格的に加速したのは2016年から2017年で、財源は国家予算だった。ウズベキスタンが事業への反対を和らげたことが背景にある。2018年に部分運転が始まり、最初の電力が生まれた。世界銀行が建設そのものへの資金を出したのは、それから6年後の2024年12月である。
工事はどこまで進んだか
世界銀行が2026年6月に公表した実施状況報告によれば、ダム本体は半分を超えて海抜1,117メートルまで積み上がった。工事はヴァフシュ川の両岸で同時に進み、トンネル、土工、構造物が並行している。2026年初めに第1導流トンネルの供用を終えたことで、水はより大きな新しいトンネルで処理されるようになり、ダムの嵩上げは次の段階に入った。
工区ごとの進捗は、2026年初め時点で本体ダム(第2工区)が約59%、左岸の先行工事(第4工区)が約87%、右岸の構造物(第3工区)が約31%、電気機械設備(第1工区)が約14%である。第2工区の推定額は11億4,500万ドルで、国家予算と事業収入で賄われる。第3工区は1億1,000万ドルで国家予算による。
発電機の据付は事業の律速になっている。第1工区は、第1〜4号機の電気機械設備一式(合計出力約252万キロワット)の設計・供給・据付と、第5・6号機の交換用ランナーの設計・供給からなり、推定額2億5,800万ドルを世界銀行とAIIBが半分ずつ負担する。第5・6号機のランナーと発電機の据付は第1A・1B工区として別に切り出され、推定額5,500万ドルを両行が折半する。最初の新設機の納入は2027年下半期の予定で、2028年11月までに2基を仕上げることが成果指標になっている。現に稼働している第6号機は、ランナー交換のため2026年3月から停止しており、その間は発電能力が落ちる。
貯水の段階と、下流への通知
貯水は段階を踏んで進む。第1期がダムを海抜1,185メートルまで、第2期が1,300メートルまで積み上げる設計で、貯水池の容量は最終的に13.3立方キロメートルになる。貯水池の水位は2025年9月に海抜1,100メートルへ達し、1,140メートルへの湛水が2026年に計画されている。ただしこれはダムの安全要件を満たすことが条件で、世界銀行はダム安全専門家パネルの承認をすべての湛水判断の前提としている。
下流国への手当ても融資条件に組み込まれた。海抜1,140メートルを超える湛水の前に、下流国向けの緊急事態対応計画を用意することが求められ、タジキスタンはウズベキスタン、トルクメニスタン、アフガニスタン向けの枠組み計画を準備している。枠組み計画を下流国と共有することは、第2期の発効条件でもある。融資契約には、地域の水配分の取り決めを常に守ること、下流国に「著しい害」を与えないことを求める条項が入っている。
第2期は毎年11月30日までに翌年の貯水計画を策定し、世界銀行の了承を得る仕組みを定めている。つまり、貯水は一度の許可で終わるものではなく、毎年更新される。
資金の枠組みと、前提になる部門改革
世界銀行の関与は、複数段階事業(MPA)という形式をとる。第1期(P181029)は3億5,000万ドルの無償資金で2024年12月17日に承認され、2025年12月に発効した。第2期(P513856)は3億ドルで2026年6月30日に承認され、完了予定は2035年12月である。二つの期を合わせた6億5,000万ドルの内訳は、建設活動3億9,500万ドル、事業実施支援2億ドル、移転・生計回復4,500万ドル、水文気象1,000万ドルである。
世界銀行の役割は資金の額よりも、他機関を並べる調整にある。2026年5月時点の状況表によれば、世界銀行は総額6億5,000万ドルの枠のうち第1期3億5,000万ドルを供与済みで支出中、AIIBは総枠5億ドルのうち第1期2億7,000万ドルを2024年12月に承認して2025年12月に発効させたが支出は条件待ち、イタリアのCDPは1億5,000万ドルを2025年10月に承認して発効手続き中である。EIBと欧州委員会(総枠5億5,000万ドル)、ADB(5億ドル)は2026〜2027年に審議が見込まれる。イスラム開発銀行(1億5,000万ドル、2023年承認)、サウジ開発基金(1億ドル、2023年)、OPEC基金(1億ドル、2024年)、アブダビ開発基金(1億ドル、2025年)、クウェート基金(第1期2,000万ドル、2024年)はいずれも支出中である。合わせて12機関から29億ドルの無償・譲許的資金が見込まれている。
第1期の無償資金のうち実際に支出されたのは、2026年5月時点で5,920万ドル(17%)にとどまる。工事の進み方と資金の払い出しの速度がずれている点は、事業の管理上の課題として世界銀行も指摘している。
融資の枠組みは、タジキスタンの電力部門が2027年までに費用回収を達成することを前提に組まれている。改革はすでに動いている。小売電気料金は2017年以降で3倍を超え、2026年にも17%引き上げられた。送配電の損失率は2021年の27%から2025年の16%へ下がり、これは主にスマートメーターの導入と盗電の取り締まりによる。部門は発電(バルキ・トジク)、送電、配電に分割され、資金の流れを整理するエスクロー口座の規則が導入された。
一方で滞納は残る。国内向けの電力を買い取るバルキ・トジクがログン公開株式会社へ支払った金額は2025年の請求額の約40%にとどまり、2026年6月時点の滞納は約1億700万ドルに達した。アルミニウム製錬のTALCOは2025年の国内電力販売の13%を占めながら請求額の約43%しか支払えず、2026年5月時点で配電会社への滞納は約5,900万ドルである。灌漑用の揚水ポンプ場は販売の12.5%を占め、回収率は56%、滞納は5,800万ドルだった。政府はTALCOの滞納の一部(約2,200万ドル)を債務の株式化で消し、バルキ・トジクは2026年5月に3年の返済計画を約束している。
下流国との対立と、査察パネル
最大の争点は水である。ヴァフシュ川はアムダリヤの支流で、その水は下流のウズベキスタンとトルクメニスタンの灌漑地帯を潤している。2025年4月8日、世界銀行の査察パネルは、トルクメニスタンとウズベキスタンの住民各1名が申し立てた検査要請を登録した。申立ては、貯水池を13〜16年かけて満たすことでアムダリヤ・デルタへの現在の流量の少なくとも25%が失われると主張し、アムダリヤ下流域には800万〜1,000万人が暮らすとしている。この25%と1,000万人という数字は申立て側の主張であって、パネルの認定ではない。
これに対しタジキスタン政府はパネルとの面談で、ヴァフシュ川は上流アムダリヤ流域の流量の25%未満しか占めず、コファルニホン川が5%、パンジ川とその支流が70%以上を占めると説明した。世界銀行の経営陣は、湛水期間に貯め込む水量はタジキスタンの過去に未使用だった配分の範囲に収まり、ヴァフシュ川上流の年平均流量の2.2%を超えないため、下流国に著しい害は生じないという立場を示している。
パネルは2025年6月26日、要請が受理要件を満たすと判断したうえで調査の実施を勧告した。理由は、環境社会影響評価や累積影響評価がまだ最終承認の段階にあり、その状態では世界銀行の審査と監督が方針に適合しているかを判断できない、というものである。事業そのものは並行して進んでおり、第2期の承認は2026年6月30日に行われた。
ウズベキスタンとの関係は近年変化した。2018年以降の関係改善を経て、いまや同国はログンの電力の買い手であり、2025年には政府間協定も署名されている。カザフスタンとの協定は最終調整中である。もっとも、上流国が水を制御する装置を持つという構図そのものは変わらない。
完成後の輸出と、数字の読み方
完成後は発電量の約50%が輸出に回る見込みである。世界銀行の第2期の文書は、この50%という数字が、ウズベキスタンとカザフスタンとの間で最終的に署名された売電契約の数量を反映したものだと明記している。第1期の事業評価文書は約70%としていたが、国内需要の予測が上方修正されたため輸出の比率が下がった。輸出量の成果目標も年60億キロワット時から50億キロワット時へ改められている。
この経緯は、ログンに関する数字を読むときの注意点をそのまま示している。発表の時点によって輸出比率も目標値も変わっており、古い資料の数字がそのまま流通しやすい。あわせて、「発電量」は年平均の設計値であって毎年の実績ではなく、水量の多寡で上下する。
南アジアへの送電を目指す中央アジア・南アジア電力事業(CASA-1000)とは別の事業だが、夏の余剰電力をどこへ売るかという問いでは重なる。ログンが本格稼働すれば、タジキスタンは冬の輸入国から通年の輸出国へ性格を変える可能性がある。ただしそれは、発電機6基がすべて据え付けられ、貯水池が海抜1,300メートルまで満たされた後の話である。
参考資料
- Sustainable Financing for Rogun HPP - Phase 2 (P513856) — 世界銀行 事業ページ ↗
- Appraisal Project Information Document (PID), P513856(2026年6月2日。出力・発電量・輸出比率・部門改革の実績) ↗
- Tajikistan - Second Phase of Sustainable Financing for Rogun Hydropower Project(事業評価文書。工区別の進捗、資金の状況表、費用の内訳) ↗
- Disclosable Version of the ISR - Sustainable Financing for Rogun Hydropower Project (P181029)(2026年6月29日。ダム到達高1,117メートル、発電機の据付状況、移転の進捗) ↗
- Tajikistan - Second Phase of Sustainable Financing for Rogun Hydropower Project : Chair Summary(2026年6月30日の理事会) ↗
- Inspection Panel Report and Recommendation(2025年6月26日。申立ての内容、タジキスタン政府と世界銀行経営陣の反論、調査勧告) ↗
- Inspection Panel Notice of Registration(2025年4月8日。検査要請の登録) ↗
- World Bank support Rogun Hydropower Project(2024年12月17日。第1期3億5,000万ドルの承認) ↗
- Sustainable Financing for Rogun Hydropower Project (P181029) — 世界銀行 事業ページ ↗
- CASA-1000(中央アジア・南アジア電力事業の公式サイト) ↗
この解説は編集部がまとめたもので、2026年9月時点の情報に基づく。記事とは異なり、新しい事実が 確認できしだい随時更新する。