BTCパイプラインは、カスピ海で産出した原油をアゼルバイジャンのバクー近郊サンガチャル・ターミナルからジョージアを経てトルコの地中海岸ジェイハンまで運ぶ全長1,768キロの輸送管である。2006年に稼働した。ロシアもイランも通らずにカスピ海の原油を国際市場へ出せる大動脈であり、この地域のエネルギー地政学を語るときに必ず出てくる。日本企業では伊藤忠商事とINPEXが株主に名を連ねる。
カスピ海は内海であり、産出した原油は管路か陸路で外へ運ぶしかない。ソ連期の輸送網はすべてロシア経由に設計されていたため、独立後の産油国にとって「ロシアを通らない出口」を持つことは主権に関わる課題だった。BTCはその答えとして、米欧の後押しを受けて2000年代前半に建設された。当初はアゼルバイジャン沖のアゼリ・チラグ・グナシリ(ACG)油田の原油を運ぶ設計だったが、同国の油田が成熟して産油量が細るなかで、カスピ海をタンカーで渡ってくる中央アジア産の比重が相対的に高まっている。
| 正式名 | Baku–Tbilisi–Ceyhan Pipeline(BTC)。アゼルバイジャンではヘイダル・アリエフ幹線輸出パイプラインと呼ぶ |
|---|---|
| 経路 | バクー南方55キロのサンガチャル・ターミナル → ジョージア → トルコ・ジェイハン(地中海) |
| 全長 | 1,768キロ(アゼルバイジャン443キロ、ジョージア249キロ、トルコ1,076キロ)。アゼルバイジャン国家石油基金は総延長1,767キロ、ジョージア区間248キロと記す |
| 通過能力 | 日量100万バレル(アゼルバイジャン国家石油基金)。設計寿命は40年 |
| 主な経緯 | 2002年9月18日にサンガチャルで起工式、2005年5月25日に初送油、2006年5月28日にジェイハン到達、同年7月13日に開通式 |
| 事業会社 | Baku-Tbilisi-Ceyhan Pipeline Company(BTC Co.) |
| 操業者 | 2026年7月1日からSOCARミッドストリーム・オペレーションズ(それ以前はBP Exploration (Caspian Sea) Limited)。サンガチャル・ターミナルは移管の対象外 |
| 株主 | SOCAR 32.97%、BP 30.10%、MOL 8.90%、TPAO 6.53%、Eni 5.00%、トタルエナジーズ 5.00%、伊藤忠 3.40%、ONGCヴィデシュ 3.10%、エクソンモービル 2.50%、INPEX 2.50% |
| 輸送実績 | 2025年通期2,720万トン(前年比7.8%減)。2026年1〜7月は1,477万3,200トンで8.5%減 |
| 積荷の内訳 | 2026年1〜7月はアゼルバイジャン産82.3%(1,215万4,700トン)、トルクメニスタン・カザフスタン産17.7%(261万8,500トン) |
| 累計 | 2006年6月の稼働から2026年6月末までに47億バレル超(約6億3,100万トン)を6,276隻に積み出し |
経路と諸元
起点のサンガチャル・ターミナルはバクーの南55キロにあり、ACG油田とシャフデニズ・ガス田からの海底パイプラインを受ける陸上の集約拠点である。ここから西へ向かい、アゼルバイジャン領内443キロ、ジョージア領内249キロ、トルコ領内1,076キロを通ってジェイハンの積み出しターミナルに至る。ジョージア領内では、同じ回廊にガスのサウス・コーカサス・パイプライン(バクー・トビリシ・エルズルム)が並走している。環境への影響を抑えるために同じ経路帯へ敷設されたもので、コーカサスを東西に横切る石油とガスの2本は、事実上ひとつの設備群として運用されている。
通過能力について、アゼルバイジャン国家石油基金は日量100万バレル、設計寿命は40年と記す。抗力低減剤の使用を前提に日量120万バレルという値が示されることもある。いずれにせよ2020年代の実績はその半分程度で、能力に余裕を残したまま運用されている。
構想から稼働まで
出発点は1994年9月20日に署名されたACG油田の生産分与契約である。7か国11社が参加し、総額74億ドルとされたこの契約は「世紀の契約」と呼ばれ、同年12月12日に議会が批准した。翌1995年に操業主体としてアゼルバイジャン国際操業会社(AIOC)が設立され、1997年11月7日にチラグ鉱区で初の原油が生産された。
ここで問題になったのが出口である。まず1997年にバクー・ノヴォロシースク(北ルート輸出パイプライン)が動き、1999年にはジョージアの黒海岸へ抜けるバクー・スプサ(西ルート)が稼働して4月8日に初出荷を迎えた。ただし前者はロシア領を通り、後者は能力が小さいうえに黒海からボスポラス海峡を抜ける必要がある。ACGの本格的な生産量を運ぶには、地中海まで直接届く別の管が要るという結論になった。
1998年にBTCに関する合意が署名され、2002年9月18日にサンガチャル・ターミナルでアゼルバイジャン、ジョージア、トルコ3か国の首脳が出席して起工式が行われた。2005年5月25日に同じ場所で初送油の式典が開かれ、原油は2006年5月28日にジェイハンへ到達、7月13日にジェイハンで開通式が行われた。構想から稼働まで、およそ10年を要したことになる。
この間の1999年12月29日には国家石油基金(SOFAZ)が設立されている。石油収入を基金に集め、その基金がパイプラインの持ち分を保有するという資金の流れは、BTCの建設と同じ時期に形づくられた。
資金の組み立て
建設資金は、参加企業の出資が3割、残る7割を国際金融機関、輸出信用機関、商業銀行からの借り入れで賄う形で組まれた。アゼルバイジャンは国営石油会社SOCARの特別目的子会社AzBTC社を通じて参加し、当初の持ち分は25%だった。
この持ち分の資金はSOFAZが出している。2002年7月30日の大統領令739号がSOCARの持ち分の資金手当てを定め、SOFAZは2007年2月1日までに2億9,800万マナトを投じた。政府を代表して経済発展省がAzBTC社の約8割の株式を保有し、そこから生じる配当はSOFAZへ積み上がる。
株主と操業者の交代
2026年時点の株主は、SOCAR 32.97%、BP 30.10%、MOL 8.90%、TPAO 6.53%、Eni 5.00%、トタルエナジーズ 5.00%、伊藤忠 3.40%、ONGCヴィデシュ 3.10%、エクソンモービル 2.50%、INPEX 2.50%である。ハンガリーのMOLは2019年にACG油田の9.57%とBTCの実質8.9%を取得し、2020年4月に取引を完了して参入した。
SOCARの持ち分が25%から32.97%へ上がったのは、ノルウェーのエクイノールが撤退したためである。同社は2023年12月にアゼルバイジャン資産の売却で合意し、2024年11月29日に取引を完了した。BTCの8.71%のうち7.96%をSOCARへ、0.75%をONGCへ譲渡し、ACGの7.27%と合わせた対価は約7億2,000万ドルだった。1992年から同国に関与してきた大手が抜け、その分だけ産油国側の持ち分が増えた形である。
運営体制も変わった。2026年7月1日、BTCパイプラインの操業と、BTCおよびサウス・コーカサス・パイプラインに共通する業務の操業者が、BP Exploration (Caspian Sea) Limitedから、SOCARの完全子会社であるSOCARミッドストリーム・オペレーションズへ移った。サンガチャル・ターミナルはこの移管の対象外である。BPは30.10%の株主として残る。建設から20年を経て操業の主体が国際石油会社から産油国の国営企業へ移ったことは、この地域の事業の成熟を示す出来事として押さえておきたい。
輸送実績と積荷の中身
稼働から2026年6月末までの累計は47億バレル超、約6億3,100万トンで、タンカーの隻数は6,276隻に達した。2026年上半期はジェイハンで約9,700万バレル(1,300万トン)を131隻に積み込み、同期間のBTC社の操業費は約7,500万ドル、資本的支出は約5,700万ドルだった。
足元では減っている。2025年通期は2,720万トンで前年比7.8%減、2026年1〜7月は1,477万3,200トンで8.5%減である。アゼルバイジャン国家統計委員会によれば、この1〜7月の積荷のうち82.3%(1,215万4,700トン)が自国産、17.7%(261万8,500トン)がトルクメニスタンとカザフスタンから入った原油だった。減少幅は自国産のほうが大きく、中央アジア産はほぼ横ばいである。同期間にアゼルバイジャンの幹線石油パイプラインで運ばれた原油の76.8%がBTC経由だった。
カザフスタン産の量そのものは、まだ小さい。カズムナイガスは2025年1〜8月にBTC経由で90万トンを送り、8月にいったん中断した後、9月13日にアクタウ港からカシャガン産8,800トンの出荷で再開したと発表している。同社の主力であるカスピ・パイプライン・コンソーシアム経由が年6,000万トン超であることを踏まえると、BTCはいまのところ代替路というより保険に近い。ただしカスピ海側のターミナル能力とタンカー船腹が増えれば、この比率は動きうる。
ジョージアとトルコにとっての意味
ジョージアにとって、BTCは通過料収入の源であると同時に、自国が輸送回廊として機能していることの証しでもある。同じ回廊のガス管と合わせて、石油とガスの2本が国土を東西に貫いている。2026年1〜7月はガスの輸送が1.3%増、BTCの石油が8.5%減となり、通過国としての収入構成は徐々にガスへ傾いている。
トルコにとっては、地中海側のジェイハンが積み出し拠点になることで、ボスポラス・ダーダネルス両海峡のタンカー通航を増やさずにカスピ海の原油を国際市場へ出せる。海峡の混雑と事故のリスクを避けるという建設当初の論理は、いまも有効である。
数字を読むときの注意
第一に、全長の値が資料で1キロずれる。BPとアゼルバイジャン国営通信は1,768キロ(ジョージア区間249キロ)、国家石油基金は1,767キロ(同248キロ)とする。どちらも公式の記述であり、区間の区切り方の違いとみられる。
第二に、累計輸送量には2つの系列がある。アゼルバイジャン・エネルギー省が示す約5億5,600万トンは同国産原油の累計で、BPが示す約6億3,100万トン(47億バレル超)はジェイハンで積み出された総量である。後者にはカザフスタン産、トルクメニスタン産とシャフデニズのコンデンセートが含まれる。
第三に、単位が混在する。日次の報道はバレル、統計委員会の月報はトンで出る。換算はおおむね1トンあたり7.4バレル前後だが、原油の比重によって動くため、バレルとトンを行き来する比較では誤差が出ることを前提に読む必要がある。
第四に、月次のバレル建て輸送量と統計委員会のトン建て輸送量は出所が違う。前者は石油輸出国機構の月報を経由して伝えられることが多く、後者はアゼルバイジャン国家統計委員会の集計である。増減率が一致しないことがある。
参考資料
- Heydar Aliyev Baku-Tbilisi-Ceyhan Main Export Pipeline — アゼルバイジャン国家石油基金(諸元と資金の組み立て) ↗
- Oil history of Azerbaijan — SOCAR(世紀の契約から2006年の開通までの年表) ↗
- Midstream — SOCAR(バクー・ノヴォロシースク、バクー・スプサとBTCの位置づけ) ↗
- BTC pipeline transported more than in 4.7 billion barrels of oil to world markets since its commissioning — AZERTAC(BPアゼルバイジャンの2026年上半期実績、株主構成、操業者の移管) ↗
- Azərbaycanın sosial-iqtisadi vəziyyəti — アゼルバイジャン国家統計委員会の月報(2026年1〜7月のBTC輸送量と産地別内訳) ↗
- Nəqliyyat — アゼルバイジャン国家統計委員会(輸送統計の常設ページ) ↗
- Equinor sells its interests in Azerbaijan — Equinor(2024年11月29日完了。BTC 8.71%の譲渡先と対価) ↗
- Azerbaijan — MOL Group(ACG 9.57%とBTC実質8.9%の取得) ↗
- KazMunayGas Resumes Oil Exports Through Baku-Tbilisi-Ceyhan Pipeline — The Astana Times(2025年9月) ↗
この解説は編集部がまとめたもので、2026年9月時点の情報に基づく。記事とは異なり、新しい事実が 確認できしだい随時更新する。