アラル海は、かつて世界第4位の面積を持つ湖だった。1960年代以降に拡大した灌漑事業で、流入する二つの大河アムダリヤとシルダリヤの水が綿花畑へ引かれ、湖はわずか数十年で大半を失った。20世紀最大級の環境破壊として世界的に知られる事例であり、中央アジアの水資源をめぐる議論の出発点でもある。
重要なのは、この湖がいま一つではないという点である。1989年に北(小)アラル海と南(大)アラル海に分かれ、それぞれ別の川、別の国、別の政策に結びついている。北側はシルダリヤから水を受けるカザフスタン領で、堤防によって水位を保つことに成功した。南側はアムダリヤから水を受けるウズベキスタン領で、上流の取水とダム計画に左右されるため回復は難しい。「アラル海が戻ってきた」という話と「アラル海は消えた」という話が同時に流通するのは、この二つを区別していないためである。
投資の観点では、この問題は二つの顔を持つ。一つは水の配分で、上流の水力発電と下流の灌漑農業のどちらに使うかという配分の問題が、ログン水力発電所やカンバラタ1をめぐる議論の根にある。もう一つは、干上がった土地と塩害地をどう使うかという新しい産業の問題である。ウズベキスタンは近年、これを「砂漠経済」と呼んで政策の柱に据えている。
| 場所 | カザフスタン南部(クズロルダ州)とウズベキスタン北西部(カラカルパクスタン共和国)にまたがる塩湖 |
|---|---|
| 流入する河川 | シルダリヤ(北から)とアムダリヤ(南から) |
| 縮小の原因 | 1960年代から拡大した灌漑用の取水。綿花を中心とする単作農業のために両河川の水が引かれた |
| 分裂 | 1989年に北(小)アラル海と南(大)アラル海に分かれた。2014年に南側の東部湖盆が完全に干上がった |
| アラル海流域の広がり | タジキスタン全域、ウズベキスタン全域、トルクメニスタンの大半、キルギスの3州(オシュ、ジャララバード、ナルイン)、カザフスタン南部の2州にまたがり、面積は約173万7,000平方キロメートル(5か国分の集計、ICWC科学情報センター) |
| 北アラル海の再生 | 2005年に全長13キロのコクアラル堤防(コカラル堤防とも書く)を建設。世界銀行のシルダリヤ河川制御・北アラル海事業(第1期、2001年6月5日承認、6,450万ドル)による |
| 第1期の成果 — 水位 | 事業前の海抜38メートルから設計値の42メートルへ。2006年と2007年に満水に達した |
| 第1期の成果 — 面積 | 2001年の2,400平方キロメートルから2009年の3,300平方キロメートルへ37%増 |
| 第1期の成果 — 塩分 | 2001年の1リットルあたり20グラム超から2010年の10グラム未満へ半減 |
| 第1期の成果 — 漁獲 | 2004年の52トンから2007年の2,834トンへ。2009年は2,650トン |
| 北アラル海の水量 | 2022年末の189億立方メートルから2025年末の230億立方メートルへ。直近3年の流入は60億立方メートル超(カザフスタン水資源灌漑省) |
| 第2期の計画 | コクアラル堤防を改築して水位を海抜44メートルへ。水面3,913平方キロメートル、水量340億立方メートルを目指す。実施期間2026〜2029年 |
| 干上がった跡地 | アラルクム砂漠。ウズベキスタン側の乾いた湖底には200万ヘクタール超の新しい植林が造成された(大統領府、2026年7月6日) |
| 地域の枠組み | 国際アラル海救済基金(アラル海救済国際基金とも訳す。IFAS)。1993年3月26日のクズロルダ協定で5か国が設立。水配分を扱う省庁間水利調整委員会(ICWC)は1992年2月18日のアルマトイ協定による |
| 直近の首脳会議 | 2026年4月22日、アスタナ。5か国首脳が出席し、3月26日を「アラル海とアムダリヤ・シルダリヤ両河川の国際デー」とする決定などに署名 |
| カラカルパクスタンの人口 | 214万9,932人(2026年1月15日を基準時点とする国勢調査の速報値) |
何が起きたのか
ソ連はウズベキスタンとトルクメニスタンを綿花の産地にする計画を立て、二つの大河から大量の水を引いた。カラクム運河をはじめとする灌漑網が広がる一方、湖への流入は細り、湖面は後退した。1989年には北(小)アラル海と南(大)アラル海に分裂し、2014年には南側の東部湖盆が完全に干上がった。
影響は水量だけではない。湖底が露出してできたアラルクム砂漠からは、塩と農薬を含む砂塵が舞い上がる。カザフスタンのトカエフ大統領は2026年4月の首脳会議で、アラル海周辺の気候が明らかに変わり、夏の気温が平均で2〜2.5度上がって乾燥が強まる一方、冬はむしろ寒くなったと述べた。半径100キロの範囲で降水量が大きく減り、砂嵐の頻度と規模が増しており、アラルクムからは毎年数千万トンの塩、砂、各種の化学物質が大気へ舞い上がって世界の遠隔地でも検出されるという。漁業は壊滅し、船が砂漠に取り残された光景がこの地域の象徴的な風景になった。
アラル海流域は広い。ICWCの科学情報センターの整理では、流域はタジキスタンとウズベキスタンの全域、トルクメニスタンの大半、キルギスの3州(オシュ、ジャララバード、ナルイン)、カザフスタン南部の2州にまたがり、5か国分だけで約173万7,000平方キロメートルに及ぶ。アフガニスタン北部とイランの一部も流域に入る。上流のキルギスとタジクは国土の約9割が山地で水を生む一方、耕せる土地に乏しい。この非対称が、水と電力の交換という中央アジア特有の関係を生んだ。
北アラル海の再生 — コクアラル堤防
カザフスタンは2005年、世界銀行の支援を受けて全長13キロのコクアラル堤防を築き、シルダリヤから流れ込む水を北側に閉じ込めた。これがシルダリヤ河川制御・北アラル海事業の第1期で、2001年6月5日に6,450万ドルで承認され、2011年に完了報告が出ている。
完了報告が示す成果は具体的である。北アラル海の水位はバルト海基準面からの高さで、事業前の低水位38メートルから設計値の42メートルへ上がり、2006年と2007年には満水に達した。水面の面積は2001年の2,400平方キロメートルから2009年の3,300平方キロメートルへ37%増え、歴史的な最低水位のときと比べて50%広くなった。アラリスク港から湖岸までの距離は2001年の75キロから2009年に40キロ、2010年8月には35キロへ縮まった。
塩分濃度は2001年の1リットルあたり20グラム超から2010年の10グラム未満へ半減した。これにともなって漁業が戻り、地域の漁獲量は2004年の52トンから2007年に2,834トン、2008年に2,320トン、2009年に2,650トンへ増えている(うち北アラル海そのものからの漁獲は2007年に2,000トン、2009年に1,885トン)。2009年には地域の水産加工工場が770トンを生産し、うち466トンが輸出された。
効果は湖だけにとどまらなかった。シルダリヤの流下能力が整備され、冬季の通水能力は2001年の毎秒300立方メートルから2007年に毎秒425立方メートルへ増えた。その結果、砂漠の窪地アルナサイへ捨てられていた水は2003年の年50億立方メートルから2006〜2009年には年2億〜10億立方メートルへ減った。稲作面積は2001年の5万8,500ヘクタールから2009年の7万3,300ヘクタールへ、牛の頭数は18万5,000頭から26万頭へ増えている。
第2期 — 水位を44メートルへ
第1期に続く第2期は、いったん計画が立ち消えになった経緯がある。世界銀行の事業台帳では、2013年11月に承認された第2期(1億6,580万ドル)と、後続の案件(1億700万ドル)がいずれも「取り下げ」として記録されている。
あらためて動き出したのはカザフスタン政府の側である。同国の水資源灌漑省は2026年、コクアラル堤防を改築して北アラル海の水位を海抜44メートルまで引き上げる事業を準備していると説明した。実現すれば水面は3,913平方キロメートル、水量は340億立方メートルになる。実施期間は2026年から2029年で、首相を議長とする国際金融機関との調整会議に付議する段階にある。あわせて、アラル・シルダリヤ流域の灌漑システムを近代化・自動化するための設計書160件超を作成中で、節約した水を北アラル海へ回す考えである。
水量は着実に増えてきた。同省によれば、シルダリヤ川の貯水池の運用を調整し、国家間の取り決めを厳格に履行したことで、直近3年の北アラル海への流入は60億立方メートルを超えた。水量は2022年末の189億立方メートルから2025年末の230億立方メートルへ増えている。2025年にはカザフスタンとウズベキスタンの政府間で、越境水域の共同管理と合理的利用に関する協定が署名された。
南アラル海とアラルクム
南アラル海の回復は難しい。流入するアムダリヤの水量が上流の灌漑と、さらに上流のダム計画に左右されるためである。ウズベキスタンは湖の回復ではなく、干上がった湖底を緑で覆って砂塵の飛散を抑える方向に力を入れてきた。
ウズベキスタン大統領府が2026年7月6日に公表した資料によれば、同国の国土の約80%は砂漠と半砂漠で、土地の塩類化、砂の移動、砂嵐と熱風はとくにカラカルパクスタン、ブハラ、ナヴォイ、ホラズムの各州で深刻である。アラル海の乾燥がこれを強め、乾いた湖底にアラルクム砂漠が形成された。同資料は、近年アラル海の乾いた湖底に200万ヘクタールを超える新しい植林が造成されたと記す。全国規模の緑化事業「ヤシル・マコン」では10億本を超える樹木と低木が植えられ、緑被率は2020年の8%から2025年の14.3%へ上がった。
2026年から2030年にかけては、127万ヘクタールで森林を新設・回復し、砂漠・山地・山麓に1万6,000ヘクタールの保護林を設ける計画が示されている。スルハンダリヤ州で1万ヘクタールの緑被、シルダリヤ州の国境地域に全長84キロの「緑の壁」を作る案も含まれる。
カラカルパクスタンの人口は、2026年1月15日を基準時点とする国勢調査の速報値で214万9,932人である。ここは干上がった湖に最も近い地域であり、健康被害と生計の喪失が集中してきた場所でもある。
国際アラル海救済基金(IFAS)という枠組み
独立直後から、5か国は水の配分を扱う仕組みを作ってきた。1992年2月18日のアルマトイ協定が、国家間水源の共同管理と保全を定めて省庁間水利調整委員会(ICWC)を生み、1993年3月26日のクズロルダ協定が、アラル海とその周辺地域の危機への対処、環境の改善、社会経済の発展を目的に国際アラル海救済基金(IFAS。アラル海救済国際基金とも訳される)を設立した。カザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタンの5か国が設立国である。
首脳級の会合は開催が途切れがちだったが、2026年4月22日にアスタナでトカエフ大統領が議長を務める形で開かれた。キルギスのジャパロフ大統領、タジキスタンのラフモン大統領、トルクメニスタンのベルディムハメドフ大統領、ウズベキスタンのミルジヨエフ大統領、そしてIFAS執行委員会のアスハト・オラズバイ委員長が発言している。署名された文書は、カザフスタンの議長国としての活動に関する決定、3月26日を「アラル海とアムダリヤ・シルダリヤ両河川の国際デー」とする決定、IFAS総裁の選出に関する決定、そしてアスタナ声明の4件である。
トカエフ大統領は同じ会合で、IFASが中央アジアの水利と環境の課題で各国の努力を調整する唯一の地域的な制度的枠組みであると述べた。裏を返せば、この地域には水配分を法的に強制する仕組みがない。IFASの決定は各国の合意にもとづくもので、履行は各国に委ねられる。
投資の観点 — 水利効率と「砂漠経済」
投資の対象として見たとき、アラル海の問題は三つの層に分かれる。第一は水を節約する設備である。灌漑水路の改修と自動化、点滴灌漑への転換、綿花から水の要求量が少ない作物への転換は、いずれも設備投資と資金供給を伴う。カザフスタン側で160件超の設計書が作られているのは、節約した水を湖へ回すためであり、同じ工事が農業の生産性の話でもある。
第二は乾いた土地の利用である。ウズベキスタンが掲げる「砂漠経済」は、塩害地や未利用地に持続的な収入源を作る考え方で、砂漠植物の種子生産と苗畑、ハロファイト(塩生植物)の栽培、放牧地の生産性向上、畜産の拡大、エコツーリズム、科学調査が挙げられている。カラカルパクスタンに砂漠植物の苗畑を作り、乾燥に強い植物と種子の地域バンクを設け、国際基金と民間投資を呼び込むことも検討課題に入っている。
第三は健康と人口である。この地域の人口は域内でも増加が続いており、砂塵による健康被害と、生計を失った住民の移動が経済の前提を変えてきた。カザフスタンはWHOとともにアラル海周辺住民の健康改善のためのロードマップを作っており、湖の再生と併走する形で公衆衛生の投資が入っている。
数字を読むときの注意
第一に、「アラル海」がどれを指すのかを確かめる必要がある。北アラル海の水量や面積が増えたという発表と、南アラル海が縮み続けているという観測は矛盾しない。両者は1989年以降、別の水域である。
第二に、水位の基準面を確認する。北アラル海の水位はバルト海基準面(BS)で表され、「42メートル」「44メートル」といった数字はこの基準による。海抜と混同すると意味が変わる。
第三に、面積と水量は季節と年で振れる。ICWCの科学情報センターは衛星画像による月次の監視を続けているが、月ごとの値をそのまま年の値として扱うと誤る。
第四に、植林の面積は「植えた面積」と「緑で覆われた面積」で数え方が違い、公表主体によって数字が食い違う。ウズベキスタン大統領府が示す「200万ヘクタール超の新しい植林」は乾いた湖底に造成された植林の累計であり、これがそのまま定着した林の面積を意味するとは限らない。
参考資料
- Kazakhstan - First Phase of the Syr Darya Control and Northern Aral Sea Project : Implementation Completion and Results Report(世界銀行、2011年6月21日。水位・面積・塩分・漁獲の成果) ↗
- Syr Darya Control & Northern Aral Sea Phase I Project (P046045) — 世界銀行 事業ページ ↗
- Уровень Северного Арала планируют поднять до 44 метров в рамках второй фазы проекта(カザフスタン国営通信カズインフォルム。水資源灌漑省の説明、第2期の計画と水量の推移) ↗
- Объем воды в Северном Арале вырос до 23,5 кубических километров(同、2026年4月22日。IFAS首脳会議でのトカエフ大統領の発言) ↗
- Президент Касым-Жомарт Токаев провел заседание Совета глав государств – учредителей Международного фонда спасения Арала(カザフスタン大統領府、2026年4月22日。署名された4件の文書) ↗
- Рассмотрены предложения по борьбе с опустыниванием и внедрению принципов «зеленого города»(ウズベキスタン大統領府、2026年7月6日。アラルクムの植林と2026〜2030年の計画、砂漠経済) ↗
- General information about the Aral Sea basin(ICWC科学情報センター。流域の範囲と面積) ↗
- Agreements on the Aral Sea basin(同。1992年アルマトイ協定と1993年クズロルダ協定) ↗
- Monitoring of changes in the water surface and wetland area of the Aral Sea and the Aral Region(同。北アラル海と西・東アラル海の月次の衛星観測) ↗
- Предварительные результаты переписи населения и сельского хозяйства, проведенной в Республике Узбекистан в 2026 году(ウズベキスタン国家統計委員会。カラカルパクスタンの人口) ↗
この解説は編集部がまとめたもので、2026年9月時点の情報に基づく。記事とは異なり、新しい事実が 確認できしだい随時更新する。